昭和52年01月01日 元旦祭
元旦祭をとどこおりなく奉仕させて頂きました。またご先祖の御霊様方にも、御礼又はおかげの様相を報告させて頂きました。三代金光様の、いわゆる合楽の大恩人でおありになります、金光様が御晩年の頃に御述懐をなさり、当時の壮年教師にお伝えになったというお言葉。お父君であります、四神貫之君さまが四十という若さで、お隠れになり後をまだ年端もおゆきにならない、十三歳の金光摂胤様に。
三代を周囲の皆様にお頼みになって、「もう摂胤も十三になりますから、あれでお広前は務まります。皆さんが前から後ろから、見たり押したりしてお引き立てを、引き立ててやってくれ。とご遺言になさった。」ということです。「親様が座っておれば楽じゃ。と仰せられましたから、神前のご奉仕に、まぁ命をかけさせて頂きましたが、初めの間は親様が楽じゃ。と仰せられたけれども、なかなか楽ではなかった。
それでも泣く泣く辛抱しいしいに、座っておりましたら、だんだん思うこともなくなり、ほしいものもなくなり、ただ有難とうして、有難とうして、その御礼の足りない、お詫びばかり申しておりますのじゃ。」という、お言葉を下げておられます。「いつも願い以上のおかげを下されて。」とも仰せられております。私共もなかなかではございますけれども、せめてまね方でも、信心の上に神習わせて頂いて、「おかげを頂かねばならん」と思うのですが。
それこそまね方もでけんのにも係わりませず、これは私のことですけれども、それこそ願い以上のおかげを頂いて、ただ勿体のうして勿体のうして。昨日の御礼お詫びの、いわゆる除夜祭に、一年中の、心からの御礼やらお詫びやらを、申させて頂いたようなわけでございます。
私は今朝から、大変不思議な事がございました。それは毎朝の事ですけれども、三時半に、ここの石庭のお縁に出まして、天地を遥拝させて頂きます。今日はもうことのほか外は寒気が厳しかったです。そのお縁に出らせて頂きましたら、この右の腕から、丁度大陽の光を浴びる様に温かになった。と思いましたら、それがもう体全身に広がって、なにかポカポカするようなね、暖かさを感じるのです。驚いてしまいました。
以前椛目で大変、暑い日でした。そのだんまだ冷房も、もちろん扇風機なども使いませんし、それこそ背中をつたう汗が熱いように、背中を流れておるような時でしたが、急にです、もうそれこそ、今で申しますなら、もう冷房が効いておるような、もうヒヤーっとした風が、お広前いっぱいに感じまして、大変感動したことがあります。今日はそれとは反対に、あの外での寒気の厳しい中に、それこそあの日向ぼっこをしておるような、いうなら感じで、右の腕からハッーと、こりゃ全身が温かくなる。
本当に私は、まあそのことを神前に下がっても、控えで御礼を申させて頂いておりましたらね、みんなが「金光大神の信心を頂く」とかね、「金光大神のあられ方」と言う様な事を、まあ教団をあげて研究、「金光大神覚」又は「金光大神」。又は「概説金光教」という、教団で三部作といっております、金光教のいうなら、一番大事なものが、厚い大きな御本になって、出版されまして以来、特にこの金光大神、金光大神覚え、概説金光教と言った様な事の勉強が、非常に盛んになりました。
それはどう言う事かと言うと、「金光大神の信心を頂き、又はね、「御あられ方を覚えよう、体得しよう。」と言う事なんです。けれども私は今朝から、のことから、いろいろと考えさせてもらいまして、そして今朝の、朝の御理解に、御神訓の「天に任せて、地にすがれよ。」という御神訓を頂きましたが、もちろんお互い人間ギリギリの時、いうなら土壇場の時、もうどうにもしようがない。
もう神様の前へ無条件降伏で、手を上げるほかない時。もういよいよ神様に、いわゆる「天に任せて、そして地にすがる。」という、そういう意味にだけ頂いておりましたがね、今朝の不思議なことから、いろいろ考えあわせて思いますのに、金光大神は、私共と天地とをね、結びつけて下さる、そのお取次ぎの働きをして下さるだけであってね、金光大神のあられ方と言った様なものは、これは人間百人おれば、百人の個性がありますように、とても真似ごとぐらいでは、出来る事ではないのです。
銘々が百人おんなら、百人が神様の氏子でありますから、「その氏子、氏子の個性を、天地がね、生かして下さる、伸ばして下さる、働きを受けるのが一番だ。」と言う事を感じさせて貰います。ところがなかなか凡夫であり、まぁ屑の子の自覚に立たせて頂きまして、私の様なものが、それこそ三代金光様のお言葉ではないですけれども「願う以上のおかげを下されて。」という、例えば私もそれを実感です。
もう本当に一年前の、この元旦祭に、合楽も段々おかげを頂いて、二十七万の人達が、合楽にお引き寄せ頂いて、一年間に。ゆうておりましたが、今年は二十八万三千名あまりの方達が、おかげを蒙っております。ように本当に思い、願い以上のおかげ。特に只今、合楽で現れておるおかげというものは、もうこれはとても私が願うたぐらいの、で頂けれるおかげではない、おかげを皆さんが頂いておられます。
昨日もちょうど、夕方の便で広島から手紙が参りました。その手紙を昨日、除夜祭に、末永先生に読んでもろうて、聞いてもらったんですけれども。この二十三日のお月次祭の昼にお参りしてきております。それが神経痛が大変ひどくて、この右の手が上がらないんです。もう医者にかかっても、「それはもう、しょうがない。」と言われておる。「もう、年だからしかたがないんだ。」と、「これはもう医者や薬じゃ治らんのだ。」と言われて、神様にお縋りする気になって、お参りをしてきた。お取次ぎをさせて頂く時に、「せっかく、おかげを頂いた。
今晩は、ここのお月次祭だから、ここのお広前でおかげを頂いて帰りなさい。」と私が申しましたら、その通りのおかげを頂いて、もう十日あまりになります、その人が「この右の腕が自由自在に上がるようになって、右の腕を使う時には、もう涙がこぼれてしょうがない。」という、文面の手紙でございました。ね、とても、とても私ぐらいの者が取り次いだからとか、私が信心ができておるからではない。
昨日一昨日は、福岡から、戎浦さんのお導きで、おかげを頂いておりました。丁度一昨日、二十九日ですね。敬親会の研修があっておる、その中でございましたから、御礼に出てこられた方達も一緒に、そのお話を聞いたり、まぁさせて貰ったりしたわけですけれども、これは現代の医学では、病名が分からない。けれどもその苦しみということは、もう大変な苦しみだ。もうそれこそやせ細って、もういうなら、もう死を待つばかりの病人が、戎浦さんのお導きを頂いて、おかげを頂いた。それも別に参って来たわけでもない。戎浦さんが、毎日お届けをされる。
そのおかげを頂かれた、その翌日からおかげを頂いた。もう大変な、あの苦しみですから、それを一時押さえの、モルヒネかなんかのような、激しいいわばこれを、長く続けてはいけないという注射を、日に二回も打たなきゃならないと言う様な状態。それがまぁ打たんで済むようにおかげを頂いて、まぁこれは、戎浦さんの言葉ですけれども、「第一ご飯が頂けるようになりましたから、顔色が良くなって、爪の色までも変わった。」と言うております。それからそれが十五日間続きました。
ところが十五日目に、また同じ痛みをいたしますから、また注射を続けて二本もしなければならんという時に、始めて気が付いて家内が、御礼にまたは願いに出て参りました。それが丁度、十四、五日また前でございました。おかげを頂いて、御礼やらお願いやら、お詫びやらをさせて頂いて、そしてその翌日から、またおかげを頂いて、「それから十日間もう痛まんから、もうこれで愈々おかげを頂いたのだろう。」というて本人と共々に御礼に出て参りましたね。
成程顔色も良いし、もうそれこそ大変な感激で、もうだから分からない。それこそ願い以上のおかげであります。皆さんがそういうね、もう取次者として人が助かると言う事ぐらい有難いことはないです。願っても願ってもおかげにならん。というのではなくて、信心もできない取次者である、私がねお取次ぎをして、その様に助かっていくと言う事は、願い以上のおかげになり、そして一年を締めくくった時には、いうなら一万からの参拝者が増えておると言う事なのでございますね。
それはどう言う事かと申しますとですね、私のように出来ない者でも、金光大神がおかばい下さる。金光大神は、天地の親神さまから、「天地金乃神と同根」とまで、仰がれておられる、お方の御神徳に、おすがりをして、取り次がせて頂くのですから、私のような出来ない者であっても、それがいかにも出きたかのようにして、庇ぼうて下さる。そしてお取次ぎをして下さる。そのお取次ぎの働きと、金光大神のお庇いによって、私と天地が交流する。そういう働きが、今の合楽のお広前に起こっておると言う事で御座いますね。願い以上のおかげ。
今日私は、教務所から出ております、「九州教務所だより」という新聞が出ております。新年号、こう厚いの。今朝からそれを見させて頂いておりましたら、まぁいろいろと。先日から、福岡の宮崎先生が見えられて「合楽の信心が、もう皆がまぁいうならば九分九厘ぐらい、もうその合楽の信心を、のような信心を求めておると言う事が、どういう会合に出ても感じられます。ですから先生こりゃぁ、このことがこのいうなら、関が取れたなら、合楽にはどれほどの、いうならば教師信者が、ドッーと押しかけてくるやら、分かりませんが、私はそれが心配です。」と、
それを本当に真顔で、そのことを話しておられます。本部あたりでも、今度この昨日、うん学院生があの本部の方へ、御用に出て参りましたが、あちらからも五名、今度一緒に修行に来ております。と言う様に、本当に合楽の信心が、世に問われようとしておる。いやまた問われなければならない。そして金光教の信心が、合楽理念に立脚しての、金光教にならなければならない。私はそういうふうに実感するんです。
私共が段々おかげを頂いて、「天に任せて、地にすがる」と言う事はね、天に任せると言う事はでけますけれどもね、地にすがると言う事がね、信心だと思うのですね。なにか特別なおかげを頂かなければならない時に、天に任せて地に縋るというのではなくてね、私共がいうなら、天地と一体にならなければならないね。そういうおかげを頂かなければ、私はこのことは、多くのお徳を受けられた先生方は、そういうおかげを受けられた方達ばかっりだと思うんです。
それを、あのういうなら「金光大神、お取次ぎの働きと、それから、金光大神に庇われてからのお徳を受けられておるんだ。」と言う事を分からずにおられたのではないかというふうに思います。今朝から北野の秋山さんの長男が、今宮崎の方へ行っております。親子3人です。まだ二十いくつでしょうか。六か七でしょうか。でしょうかね。二十六、七でしょうね。まだ光行さん。あらまだ二十三ですか。そうたい十九ぐらいで結婚したんじゃけんのう。
もうそりゃあ、もう本当に親の肝焼くっと言うまあこういう子供じゃろう。けれども、日頃両親が信心しとりますから、もう一言も言わん。もうあるがままに、なるがままに、ただ、神様にただ、一筋にお縋りし貫く。結婚してからでも、様々な問題もありましたけれども、いろんな問題、いろんなまぁ行き詰まりやらもあって、宮崎に出らせて頂いて、おかげを頂いた。
ささやかな商売をさせて頂いておりますが、本当に親の祈りというものはね、素晴らしい。最近言われる、日勝り、月勝り、年勝りのおかげは頂いても、代勝りのおかげを頂かなければ、せっかくのおかげが水の泡だ、ということを頂くんですね。信心させて頂いておって、それこそ日勝り、月勝り、年勝りのおかげを頂いても、それが代勝りと言う事にならなければならない。
ためには、信心のもう確かな継承がいるのです。日頃秋山さんとこの信心が、こういう時に「段々ものを言うてくるんだなぁ。」と思うんですけれども、あちらにまいりまして、誰にも頼る縋るもんがないもんですから、やはり日頃親達が信心しておった、金光様を一心に念頭する。あちらに大黒様をいち早く奉祭させてもろうて、もう朝晩に大黒様、結局もう親先生のお取次ぎを頂くという思いで、まぁ拝ませて頂いておる。
先生僕は、今日はあの東京から来ております、姪になりますね。本人の秋山さんの孫になります。その娘とあのう二人で御礼に出て参りましてから、「僕はこの合楽の教会が見え出したら、もう感動してどんこんせん。」と目に涙をいっぱいためて、ボロボロ泣きよる、有難いなぁと。「もう本当に宮崎の方で、あんたがおかげ頂きよる証拠ばい。」っち。そしてから「僕はこちらへ、自動車で帰って来る時に、大黒様がね、とにかく親子三人連れで来るもんですから、もうさびしかろうごとしてこたえんから、とうとうその大黒様を一緒に連れて帰って来た。」っち。
したらお母さんが「そげなことがあるもんかい。あんた留守中、守ってもらわにゃけん、家に置いとかじゃごて。」っち、言うっちから「うんにゃそればってん、寂しからろうと思うて、僕は大黒様も一緒に、あの北野にやって来た。」そげん言うて涙をボロボロ流しよるとです。私も涙がこぼれた「本当に、お母さんが言うことも、本当だけれども、あんたが言うことは、まぁだほんあこつばい。」と言うて話した事でしたね。
そういうひとつの、あの情感がです、神様に通わないはずがない。天地に交流しないはずがない。そういうウブな信心が、最近しきりに合楽では、願われたり、または求められたり、長年信心を頂いておる人達が、最近参って来る人達が、えらいそのシャープなおかげを頂くのに、自分たちの場合は、そんなおかげを頂けんかのような、考え違いをいしておりますから、夕べもそのこと申しましたが、「結局、初心な心がかけておるんだ。」ということ、ね。
そこで、その、初心な考え方というものがね、どういうような信心をさせて頂けば良いか。今日、その、教務所だよりの新聞を見させて頂いておりましたが、ある偉い先生が書いておられました。「今年は、この信心で取り組む」と言うけれども、毎年毎年、まぁたいしたことはでけんけれど、けれども、最近、思うことは、「果たして、こうして、この信心に取り組んでおるが、これが間違えのない道であろうか。と思う。」ということが書いてございました。
こうやって一生懸命、信心をさせてもらい、拝んでもおるが、果たして自分の頂き方というものが、間違っておるのではなかろうかと思う。フッとそこに不安が出てくる。そういう意味で、なら合楽で、合楽理念に基づいての信心というのは、もう絶対の道である、ね。間違えのない、しかもそれをマスターする事によってです、それを本気でお互いが「行じよう」とすることになって来ると、そこには必ず、体験が生まれてくる。いわゆる天地と私共の間にリズムが生まれてくるね。そのリズムに乗っての修行でありますから、それが、苦しいことであっても、その苦しいことが、楽しゅうなるね。
有難く楽しゅう行じていけれる、しかもこれは「絶対の道なんだ。」と言うておるわけです。だから皆さんの場合、そのもう「こげな信心しよるが、大丈夫じゃろうか。」じゃなくて、こういう信心に入れば、合楽理念に基づいた信心生活ができれば、間違えのない、これこそあの世この世を通して、この道をただひたすらに進んで行けば良いのだ。その先生が、書いておられのは、例えばです、本当は目的は東京駅なのだけれども「果たして、自分は東京行きの方を向いておるだろうか。鹿児島行きの方を向いておりはせんだろうか。」と、フッと不安になる。
それは、今の全教信奉者が、「みんな同じことが言えるのじゃなかろうか。」と私は思うです。そういう意味で、合楽理念の確立ということがです、言われるようになり、今年も、いよいよそのことを推し進めていくこと、いや今年だけではない。生涯かけてこのことの、を身につけていくことに精進させてもらうね。それを一口に言うと「天地日月の心」なのでございますね。その天地日月の心という、その心をこれをまた「信心は、神の心を心とする」とも申されます。
だから「とても天地日月の心なんてん、そりゃ難しか。とても神様の心を、自分の神様の心を心とするなんていうことも、とてもとても、そりゃ私にとっては至難だ。」と言うふうに、私共も事実思うてもおりましたけれども、合楽理念のいうならば、解釈を受けますと、聞きよるうちに、心が躍動してくるのです。聞いておるうちに、本気で頂こうという気になったら、「ほうこれは、私も生神様になれるぞ。」と「天地の親神さまと本当の交流が願えれるぞ。」と言う様な、言うならば楽しい有難い、しかも分かりやすく解かれておるのでございますからね。
皆さんも愈々合楽理念が、もっともっと究明されて、おかげ頂かれる事でございましょうけれども、そういう信心を頂く為に、まず私共がね、その秋山光行君ではないですけれども、それこそ「教会が見えたら、胸がドキドキしてきた」それこそ宮崎から田舎のこちらの、秋山の里の方へ帰らせて頂くのに「神様を一人置いとったんでは、神様がさびしかろう。」と思うて、一緒にお供して帰って来たと言う様なね、そういうひとつの道念心とでも申しましょうか、そういう心が生じて来る事が、先ず先決ですね。
これは本当に、私は親の祈りだと思います。秋山さんあたりは、なにがなんと言うても、もうこの様に素晴らしい、確かな信心を長男に伝える事が出来た。次男が今銀行に勤めておりますが、もう一年ほど前に、銀行に勤めながら、信心の稽古を、今まる少のリーダをしております。そして「僕はどうでも、お道の教師を、になりたい。だから今年学院に行ってはいけんでしょうか。」というて、お届けしました。だから「まぁ、まぁ、待ちなさい。待ちなさい。時期を待たなければでけない。」
二人の息子が二人とも、そういう確かな信心を継承し、親の信心を頂き、現そうとしておる。もうこんなに嬉しい、有難い事はないですね。日勝り、月勝りのおかげを例えば頂いてはいなくても、こういう信心が子供に伝わっていく限り、必ず代勝りのおかげが頂かれる。俺は子供たちの、その代勝りの、代にならなければならない。そして子供たちが、孫たちが、いよいよ、真善美輝かんばかりのおかげに進んで行く、おかげを思うただけも、親は有難い。日勝り、月勝り、年勝りのおかげを頂かなければならない。これまでで終わったら、いうなら、おかげの世界に住んだだけであって、御神徳の世界。
今日私が、今朝から頂く御理解を、皆さんに後で又改めて聞いて貰ったんですけれども、これは天地の働きを、本当にじかに自分で頂き、現しておる人でなからなければ、今日の御理解は分からないだろう「天に任せて地に縋る」と言う事は、愈々ギリギリ苦しい時のみ教えの様に思うておったが「天に任せる」ということは、いわゆる任せる信心によって、いうなら、おかげが受けられるならば「地に縋る」という信心ね。そこからおえてくるもの、生まれてくるものね。いわゆる信心の感動ですよね。
本年はいよいよ、合楽教会がお許しを頂いて、丸十年の御年柄にあたっておる、合楽にご縁を頂いておる者としては、大変有難い意義のある年柄でございます、ね。そこでお互いの信心焦点というものは、もうどこまでも、もう全信者信奉者が、うって一丸となって、十年祭を目指さなければなりません、ね。だから目指すいわば、内容は一人一人それは違いましょう。「こうでなからなければならん。」と言う事はないけれども、願いは立てなければならない。
そしていよいよ合楽理念を、いわば基にしての信心の修行でなからなければならない、ね。同時にいうならば、いよいよ心行一途におかげを頂いていかねばならない。金光様のお歌のなかに「今日ただ今の、ひととき、ひと時々刻々が、またと得られない時なのだから、大切にしなければならない。」と言う様な意味のお歌を、今朝から頂きまして、ちょっと忘れましたけれど、そういう意味のことです。私共が時々刻々、もう今という時間は、もうすぐ過去のものになるんだ。
だから、今を大事にしなければならないんだ。と言う様な事は、よくまぁ皆が言う事でございますけれども、なかなか出来ません。けれども出来る方法がひとつあります。それは心行でありますね。心に心行。心に神様をかけておくね。もう合楽の場合は、表行を全廃してこのノートの中にも、合楽の信心を詠っておりますように、表行を全廃された今日、もう心行一筋におかげを頂いていく。いよいよ、成り行きを尊び、大切にさせて頂くということだけではなくて、いうならば、難しゅう言うと「神の心を心とする」ということなんです。
天地日月の心とは、それこそ「天の心、地の心を自分の心に頂いていこう。」という精進なんですね。そういう精進をさせて頂く上に、成そうと思えば、子供でも成せるような、おろそかなこと、いうなら、実意丁寧神信心をです、いよいよ身に付けてゆく、いや日常生活の上に現していく、それこそ時々刻々が、もうまたと帰らぬ、またと得がたい今なのですから、今を大事にしなければならない。そげなことはできんように私も思うとった。けれども、そのことを、金光様のこのお歌を頂いておりましたらね、「これが出来るのは心行だ。」と言う事を頂きましたね。
合楽では、その心行にかかりきっておるのでございますから、心に心行ができておる限りです、今を必ず大切に、いや有難いものにして行く事が出来るのですね。去年の今日、皆さんに申し上げました「今年の信心の焦点を、大祓信行の徹底にね。大祓信行にかける。もう私共がお道の信者、信奉者として「おかげを頂かなければならんから拝むのだ。大祓を何巻もあげるのだ。」というのではなくて、信奉者としては、当然のこととして、無条件に、三巻でも、五巻でも、十巻でも、毎日これを神様に、ご神飯を奉るような気持ちで、お供えするんだ。
私共の、池田という先生が、大祓信行を一日怠った。そしたら朝方、神様からお知らせを頂いて、そのご神飯がこう崩れとる所を頂いたね。いうならご神飯というのは、神様がままになられることね。「たった一日、んなら、大祓信行をやめたと言う事が、一日神様にご神飯をお供えしなかった様なものだ。」と御理解を頂きました。そのくらいにです、お互いのこの大祓信行というものが、神様がもう本当に、あのいうならば、栄養失調になってござる神様が、生き生きとして見える様なものなんですね。去年の元旦に、なんというても、宅の神様が生き生きとして見えられなければならない。
そして段々そういう、信心修行をさせて頂いておる内に「成程神様が生き生きとしてきなさる」と言う事だけではなくて、実は自らの心の神が生々生きとして来る事に、お互いが今感じ感動を持って、大祓信行を続けておられる方達は、それを今実感しておられます。神様が生々きとして見えるだけではなくて、自分自身の心なる神が、生々うきとしてくる。そこに生きた神と生きた神との出会いが、天地との交流と言う事になるです。
それでも私共はです、それこそ神様がお水ならば、私共は油のようなものでもありましょうけれども、なかなか一緒になれん所を、神様が如何にも水になったかのように、いや、金光様がいかにも、水に成ったかの様にして、お庇い下さって、御取次ぎをして下さるから、神様とひとつになれれるおかげ。神様との間に、ひとつの調和が生まれてくる。いうならば、リズムが流れてくる。そのリズムに乗っての合楽理念に基づく、信心修行なのですから、楽しく有難くそれがでけていく。
しかも、今までお粗末にしておった、「本当に、こんな事」と思うておった所から、おかげが漏っておった事に気付くのですから、成そうと思えば子供でも成せれるような所を大切にさせて頂く信心をです、いうなら生き生きと自分の心の神様が躍動しなさる。いうならばね、いうなら神様との間に、ひとつの情念が通うてくるね。そういう信心を、いよいよ大切にしていきたい。でそういう心で十年祭を祈りたいね。
皆さんの願いの焦点を、今年はどうでも、いわゆる今までの信心は、勿論そのまま頂き続けながら、いわゆる十年祭を目指して、十年祭へ十年祭へとね、一同一丸の力を出させて頂く。そこには必ずや神様が、願い以上のおかげをして下さる。しかもそういう生き方は、絶対の道であると言う事で御座います。「自分は、こういう信心をしておるが、果たしてこれで良いのだろうか。」と言う事ではない。いうならば確信を持って、私がそのおかげを実証をしながら、皆さんに聞いて頂くのですから、間違えがない。
しかもこの道を、それこそ生神金光大神を目指すのですから、いよいよ「未完成のまま永遠に」であるに違いありません。とにかく私共が、生神様になれると言った様な事はないけれども、目指す所はやはり、そこでなからなければならない。魂の世界に入っても、やはり、その事に取り組んでいけれる、いうならば信心の、基礎と言った様な、間違えのない基礎を、今合楽では一生懸命、研修したり又は、それを行じて「成程間違いがないな。」と言う事を現していっておるのでございます。
どうぞ、今年の皆さんの信心がです、刻々と言いたいのですけれども、刻々とまではいかんでも、それこそ日々、生き生きとしたおかげを頂いて、一日の締めくくりに大祓信行を、家族中で唱えさせて頂いた、その後に、本当に有難い思いをです、持って、一日のことを、足りなかった所を詫びる、おかげを受けてきた事は御礼をもさせて頂けれる、一日一日でありたいと思います。
昨日の朝の御理解の後に、久富正儀先生が、お届けをしておりましたが。今度あちらで、もうそれこそ見事な、檜の香りがプンプンする様なご神前を新しく作りまして、八畳と十畳のまぁふすまを取ると十八畳になる。それこそ見事な、その建築ができました。まぁ、お互い信心者、信奉者の願いであり、理想であります。「そういう、理想的な信心が出来るようになった。けれども、正儀さん。これは日勝り、月勝りの、あんたおかげを頂いたでけばい。年勝りのおかげを頂いただけだよ。
これからはどうでも、代勝りのおかげを頂かなければ、これ程しのいうなら立派なお庭やら、立派なこのご神前が、いうならば神様を泣かせる様な事になってはならんから、代勝りの信心をせにゃなの」と言うておりましたら、翌日からその早速「代勝りの信心とは」と言う事に思いを置いて、今家族中で家内子供達もご神前に出て、毎晩大祓信行をさせて頂いて「もう有難うして有難うして、もう家内が付いてくる、子供が付いてくる。もうそれが有難うして、有難うしてこたえん」と言うて、お届けしておりましたが、そういう信心の中からね、愈々本当なものが生まれてくると思うです。
いうならこの生き方でいきゃぁ、代勝りのおかげが受けられるというのですね。本当に確かに、子供達にも孫達にも、その信心を頂かせて頂くためにも、本気でひとつ、合楽理念と言う事が言われますから、ひとつ銘々の所で研究し勉強し、それを自分のもんに、楽しゅう有難う出来る様な信心生活を願って、本年の信心の目標にしたいと思うております。皆さんもどうぞよろしゅう、おかげを頂かれるようにお願いを致します。
有難うございました。